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甲府地方裁判所 昭和26年(ワ)40号 判決

原告 中込元広

被告 柳沢光三

一、主  文

原告の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三万千円及びこれに対する昭和二十六年二月十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として――、原告の実母中込ときは老齢且つ疾病のため昭和二十五年三月十四日原告に対し山梨県中巨摩郡巨摩町在家塚第二千六十七番田六畝六歩外一筆の所有権並びに同所第二千六十六番田六畝二十五歩外一筆の耕作権を譲渡した。そこで原告は肥料受配の関係上同年五月初旬ときの承諾を得て右農地に関する同人名義の耕作人変更届を作成し居村農業協同組合に提出した。ところがときの子柳沢むらの夫たる被告は故意に又は過失に基き同月中甲府地方検察庁に対し原告を相手取り右耕作人変更届を偽造したものとして不実の告訴をした。これがため原告は著しく名誉を害され精神上多大の苦痛を与えられた。その慰藉料としては金三万千円が相当であるからここに被告に対し右金額に訴状送達の日の翌日たる昭和二十六年二月十五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して支払を求めるものである。――と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決並びに被告敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め答弁として――、原告がその主張日時その主張の農地に関する中込とき名義の耕作人変更届を作成して原告居村農業協同組合に提出したこと、被告が原告主張日時甲府地方検察庁に対し原告をその主張のような容疑を以て告訴したこと並びに右とき及び原被告間に原告主張のような身分関係が存することは認めるがその余の原告主張事実は全部否認する。――と述べた。<立証省略>

なお原告訴訟代理人は昭和二十七年十二月二十四日午前十時の本件口頭弁論期日において前記請求に追加してあらたに「被告は原告に対し金三万円及びこれに対する同月二十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし」との判決を求めその請求の原因として――、被告は故意に又は過失に基き昭和二十六年十一月中甲府地方検察庁に対し原告外二名を相手取り前記農地に関する中込とき名義の権利譲渡証書を偽造したものとして不実の告訴をした。原告はこれがため著しく名誉を害され精神上多大の苦痛を受けたからここに被告に対しその慰藉料相当額金三万円に右請求の日の翌日たる昭和二十七年十二月二十五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。――と述べ、被告訴訟代理人はこれに対し右請求及び請求の原因の拡張は請求の基礎に変更があるから不当としてこれを許さない旨の裁判を求める旨申立てた。

三、理  由

先ず原告の前記請求及び請求の原因の追加的変更の当否について按じるのに従前の請求と新請求とがその請求原因において彼此全く別異の不法行為に基く別個の損害につき賠償の請求をなすものであることは請求自体に徴して明らかであるから、仮に右各個の不法行為を組成すべき原告主張の各告訴が相互に関聯する容疑事実を以てしたものであるとしても請求の基礎に変更がないとは到底解し得ないから原告の右請求及び請求の原因の追加的変更は不当としてこれを許さないこととする。

よつて従前の請求について審究すると原告が昭和二十五年五月初旬山梨県中巨摩郡巨摩町在家塚第二千六十七番田六畝六歩外三筆の農地につき耕作者を原告に変更した旨の記載がある中込とき名義の耕作人変更届を作成し原告居村農業協同組合に提出したところ被告が同月中甲府地方検察庁に対し原告を右耕作人変更届を偽造したものとして告訴したことは当事者間に争がない。

しかるに原告はそもそも前記農地の内同所第二千六十七番田六畝六歩外一筆についてはその土地所有権、同所第二千六十六番田六畝三歩外一筆についてはその土地耕作権を中込ときから譲受けたものであつて前記耕作人変更届はこれに伴つて作成されたものである旨主張するので按じるのに甲第一号証の中込ときの拇印が本人のものたることは被告の認めて争わず、右拇印が本人の意思に反して押捺を強制されたものである旨の被告の抗弁は後記排斥に係る証拠を外にしてはこれを肯認するに足る証拠がないからここに真正に成立したと推定すべき右甲号証によればときはもはや病気のため農耕に従事することができないとの理由で同年三月十四日原告に対し原告主張のように土地所有権並びに土地耕作権を譲渡する旨の意思表示をなしたことを認めなければならないのである。もつとも成立に争のない乙第一乃至三号証、証人中込とき、同田中義貞、同若尾常平、同柳沢むら、同柳沢一夫、同深沢つねじの各証言並びに原被告各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば昭和六年頃原告先代中込重太郎が死亡し原告はその家督を相続し本件土地の耕作権を含む財産を包括的に承継取得したが、その後重太郎の妻とき(原告母)との間に不和を生じたので昭和十一年頃田中義貞、若尾常平の立会によりときに対し本件土地の耕作権を同人の死後は返還を受ける約束で譲渡し同人を同一屋敷内の土蔵に別居させたところときは、老齢且つ人手不足のため原告の姉柳沢むら及びその夫たる被告をして本件土地の耕作に当らせ専らその扶養を受けるようになり、やがて本件土地の内同所第二千六十七番田六畝六歩外一筆につき自作農創設特別措置法に基く国家買収が行われ昭和二十三年九月三十日附山梨県知事の売渡通知書により売渡時期を昭和二十二年十月二日と定めてこれが売渡を受けてその所有権を取得するに至つたこと、そして右売渡についてときは被告夫婦の扶養に報いるため原告との間の前記返還の約束にも拘らず被告をして買受人たらしむべく画策したが遂にこれを果し得ず僅かにその買取代金を被告に提供させるに止まつたこと、その中昭和二十四年十二月七日ときが脳溢血で病臥しその存命も長くないことが慮られるや原告は本件農地の耕作関係につき被告と紛争の生じることを虞れ、急遽ときの引取方を申出で昭和二十五年一月三日ようやくこれを果すとともに間もなく被告に対し右土地の引渡を求め、その内同所第千八百五十二番の二畑一畝十七歩の耕作権の返還を受けたが一方被告はときの意向を楯に残余の土地の引渡を肯んじないで耕作を継続したこと、その後において前記甲号証が作成されたものであることを認めることができ、右認定に反する原被告各本人の供述部分はにわかに措信し難くその他右認定を覆すに足る証拠はないから、ときが右甲号証記載のような内容の意思表示をなすことは同人の従前の意向に合致しないどころかむしろこれに背馳する点があることを推認することができるけれども、更にこれを出でて右甲号証のときの認印が同人の意思を抑圧して押捺されたことまでも推断し得る限りではなく、証人中込ときの証言中これに近い趣旨の供述部分はそのままの趣旨においてはにわかに措信することができず、右証言に証人田中義貞の証言(但し後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を併せて考えるとむしろときは右甲号証の作成を極度に不満とし、これに拇印を押すことを躊躇した挙句原告等の説得に抗し得ないで不本意ながらこれに応じ半身不随のため介添を受けて拇印するに至つたものであることを窺うことができ、右認定に反する証人田中義貞、同若尾常平の各証言並びに原告本人尋問の結果は信用することができないのである。ところが成立に争のない甲第六号証によれば本件耕作人変更届にはときの認印の押捺があることを認めるに十分であるから同人の前記意思表示と相俟てば特段の事情がない限り原告が本件耕作人変更届を作成するについては中込ときの承諾があつたものと推認するのが相当であつて、証人中込ときの証言中ときは本件耕作人変更届を作成したことも農業協同組合に提出したこともない旨の供述部分、並びに証人柳沢むらの証言中右耕作人変更届が居村農業協同組合に提出された直後原告の妻がみだりにときの認印を所持していた旨の供述部分はにわかに措信し難く、その他右認定を覆して右耕作人変更届がときの承諾もないのに原告において擅に作成したものであることを認定するに足りる証拠はない。してみると被告のなした本件告訴は犯罪がないのにこれがあるとしてなした不実の告訴であると認める外はない。

しかしながら被告が故意に不実の告訴に及んだものであることは原告の全立証を以てしても遂にこれを認めることができない。そこで進んで被告に過失があつたか否かについて按じるのにおよそ不実の告訴に基いて被疑者として取調を受けるにおいてはその者の名誉が毀損されるに至ることは当然に予想されるところであるから、いやしくも告訴権を行使せんとする者はこの点に留意し犯罪の存否については周到な検討を加える必要があるのであつて、これに欠けるところがあれば不法行為上過失の責を免れないと謂うべきであるが、通常人の判断において犯罪があると疑うに足りる相当の理由があるのであれば私人に告訴権を認めた趣旨に徴してもこれが行使を咎むべき筋合はなく、その結果厳格な意味における犯罪の確証が挙がらなかつたとしても不当な告訴として過失を認めるのは酷を強いるものであつて却て妥当ではないと謂わなければならない。本件について看るのに証人中込とき、同柳沢むらの各証言並びに被告本人尋問の結果によればときは同年三月中むらに対し甲第一号証作成の事情につき原告等から無理矢理に拇印を付かせられたと訴えたこと、その後同年五月十五日被告においてときの名義により本件土地(但し前記返還に係る土地を除く。)に対する肥料の配分を受けんとした際本件耕作人変更届が提出されていることを発見しむらを介してときに真相を訊したところ、ときは右書面に捺印した覚がないと返答したことを認めることができ右認定を覆すに足る証拠はない。もつとも前説示に従えば右認定のときの言辞は必ずしも真相に吻合するものでなく、むしろ甲第一号証作成を不満とするときの心情がそのような言辞をなすに至らしめたに過ぎないものとして敢て異とするに足りないけれども、被告が本件土地に関するときの前記認定のような従前の意向に鑑み同人の右言動を根拠として本件耕作人変更届が原告の偽造に係るものであると確信するに至つたのも亦理由のないことではないのであつて、右確信がときの前記言辞をたやすく信用したことに基くものとしてこれを咎め立てるのは社会通念上酷に過ぎる嫌いがあると謂うべきであるから、その間に通常人として用うべき注意に欠けるところはなかつたと考えるのが相当である。従つて被告の前記告訴は結果的に論ずれば不実の告訴に帰すべきものであるけれども、故意過失によるものではないから不法行為を組成しないと謂わなければならない。

果してそうだとすれば原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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